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救世主;プロの仕事人

 ギリシャのような政治、経済の問題は、意見が別れやすく、複雑度が高いので、出口が見えません。救世主、プロの仕事人が必要です。犠牲をともなわない、解決策はありません。「会議は踊る、されど進まず」という「ウィーン会議」のようにおもいます。リーダーシップを発揮できにくい、領域かもしれません。結論、どこに物事を落ち着かせるか、手腕が問われます。景気の良い話をして、実は、蓋をあけると、問題だらけであることがあります。

 頼りがい、存在感、自信のある人は、不安と動揺をしずめて、周囲に安定感をもたらします。地震、原発問題、財政赤字、円高など、テレビ等の討論で大騒ぎして、社会全体が落ち着きを無くしています。苦しい時にこそ、頼りがいのある人材がほしいものです。いろんな条件を満たすことは、不可能な状況で、いろんなことができるような錯覚を持ってしまいます。万能な解決法などというものは、存在しないので、不都合な部分を敢えてみたそうとせずに、できることから、手につける方が好ましいようです。大前 研一氏は、一流の経営コンサルタントですが、論点がしっかりして、 頼りがい、存在感、自信のある人です。

 スポーツの世界は、勝負がはっきりしていています。無駄を徹底的に排除して、簡単にプレーをしています。結果の出ないチームでは、シーズンが終わると、不振の責任をとって去っていく人がいます。一流の人は、ここぞというときに、決めらる人です。シンプルに考えて、行動し、感情がぶれずに、集中力を発揮します。複雑にしてしまうと、身動きできなくなります。どこまで、無駄を省いて、単純にするか、永遠のテーマです。生きていくと、余分なことを抱えているような感じがします。
 
 今、最も大切なことは、目の前のことに、気を散らさないで、集中することです。いろんな人の世話をしていると、ほかの人のことまで、自分のことのように考えてしまうので、どこかで線を引いて、クールになることを必要です。世のなかには、大騒ぎして、いろんな人を巻き込んでしまう人がいます。何でもやろうとする人は、どこかで無理がありますので、気を散らさない為には、無理、無駄、ムラを減らし、日頃から、なんでも簡単にしたいものです。余分なことをどうして減らすか、自問する必要があります。本質でないところを増やすと、肝心なところができなくなります。



クラウド・コンピューティング

 インターネットが普及し、ネットの向こう側から、いろんなものがやってきます。サービスを提供する会社のネットワーク上にある自分のデータがどこにあるか、わからない時代になってきました。自分の会社のサーバー用のプログラムを移植すれば、簡単にクラウドOSの環境で動作するようになります。お客様のデータのセキュリティの問題が解決すれば、次第に普及していくと思われます。大切なものを、安心して、ネット向こうに預けるになると思います。

 2006年にグーグルのCEO(当時)エリック・シュミットがクラウドという言葉を使いました。その頃は、ネットワークにつながるネットワークコンピュータが注目を浴びました。究極の成功した姿として、今のスマートフォンがあります。データもプログラムも、サーバー群の上に置いておこう、という考え方で、今にも、新しいビジネスが生まれるのかと、期待してしました。最近になって、新しいビジネスモデルが次第に姿を見せ始めています。シュミットは、Sun Microsystems 、Novell、Googleなどにおいて、画期的な製品(JAVA、アンドロイド)の開発を主導してきました。Google の検索サービスを支えるサーバ台数は 100 万を超えるとも言われています。Googleは何千,何万台ものコンピュータを使ってデータ処理を行うために独自の技術を開発しています。

 一つのデータセンターに数千台のマシンがあるような規模の設備を用意できるのは、ソフトウェアの大企業で、データセンターを社内の自前で持って、うまくお客様を囲い込みできます。クラウドの開発環境では、データセンターにいろんなリソースを置くので、いろんな得失がうまれてきます。マイクロソフトのWindow Azureでは、アメリカにデータセンターがあるので、FBIが情報を見ようと思えば、見れるので、セキュリティの問題が発生します。マイクロソフトのWindow Azureを使ってみて、クラウド・コンピューティングで将来ソフト開発がどうなるのか、体験したいと思っています。昨年は、アンドロイドのプログラムでアプリをつくりましたが、以外に簡単につくれるものですが、面白いアイディアがなければ、単なる自己満足になりがちです。


世界で最も読まれる物語

 世界で最も読まれる物語は、聖書です。三年間の布教活動で、世界中で、後世まで知られる人がいます。貧しい少年が辺鄙な田舎で生まれて育ち、大工になり、自分の力の使命を自覚し、人にも影響を与えました。弟子が集まり、やがて、失望されて、処刑されて死ぬと物語です。いろんな問題を次から次に解決し、奇跡の人のようでした。救世主は、世のなかの問題を背負う人ですので、使命をもって天からこの世に遣わされた人です。

 逃げるチャンス可能性としてあったので、処刑されないで、幸せに生きた話になっていたら、それほど、心を突き刺すこともなかったお思います。運命に逃げずに十字架の上で運命を成就したので、この世の中で、苦しい人の心を慰める力があるのだと思います。

 三年間の布教活動以前の修行時代について、詳細はわかりませんが、弟子たちが記述して文章を残してくれたので、その教えを広くの人が知るようになりました。イエスは、確信をもって、人々に説くことができるまでに成長しています。仕上げとして、40日間の荒野での思索、悩みの修行をやりどけます。

「私は、真理を知っている。わたしのもとに来れば、幸福と救いがある。」人間のなかに入って、威厳と揺るぎない確信をもって、神の言葉を伝える代理人として、福音、良い知らせを伝えてくれます。生まれ育った土地の人は、自分の近くで育った人に、それほどの力があることを信じられずに、奇跡、良いことは起こりません。強い信仰心がなかったら、どんなすばらしい言葉も実現しません。

 キリストがあらゆるものを作った神の子ならば、不可能なことはなく、完全に近い存在で、彼の言葉は、私たち向きの言葉でないという印象を持ってしまいます。人間として生まれて、人間として死んでいったことには大きな意味があります。

 もし、神の子として、処刑されることなく、天に昇っていったなら、我々は弱い存在であることを自覚はしますが、正しいことを行っていない意識は弱くなっています。彼が、わたしたちと同じ人間でありながらも、とても、純粋で、寛く、優しく、愛に溢れた、強靭な精神で、奇跡を起こすほどの超能力の持ち主で、驚嘆します。人間はいろんな意味で壁にぶつかっていますが、いろんな面で成長する余地がある不完全な存在です。彼の教えは、人間の心を動かし、我々の心に融通無碍の働き、愛の心があることを気づかせて、心に突き刺さったのだと思います。
 
 人間は、すばらしい心の働きをもちながら、正しい用法をマスターすることなく、あまり有効に使用されずに、この世を去っていきます。豚に真珠という言葉があります。日々の言葉つかいですら、反省すると、心もとないものです。

 
 

アラン「幸福論」

 合田正人(明治大学の先生)がわかりやすく、アランの「幸福論」を解説してくれています。自分でみえなかったものの見方ができるようになります。立派の哲学者が書いた高邁な本と思っていましたが、高校の先生が書いた本ということで、気持ちの敷居が低くなります。アランは、フランス人の哲学者で、生涯高校の先生として過ごしたそうです。アンリ4世高校の教え子シモーヌーヴェーユがいますし、二つの大戦を経験して、激動の時期を生きるために、思索したことを断章という形式で語っています。体系的ではなく、幸福について部分部分に光を当てた断章(哲学のコラム)が「幸福論」として出版されています。

 どうしたら、幸福になれるか、書いています。幸福について、いろんな角度が見て、こんな考え方があるのだと知ることができます。意思、幸福になれろうという気持ちも大切です。悲しみ、同情、あわれみの感情を他の人に投影することは、よくありません。悲しいことが、喜びよりも、高尚であるわけではありません。自分、他人の幸せを台無しにしてしまいます。不幸そうな人に、突っ込みを入れて、微笑みを取り戻すことをしています。如何に、上機嫌になるように、生きていくか、というのは、幸せの一歩であることを説いています。また、礼節の一歩であり、自分を幸せにする秘訣です。被害者意識で、自分のつらいことを、同情されると、慰められます。その感情から一歩でて、本当に、幸せになろうと、行動していく人は少ない感じがします。幸福は、向こうからやってくるのではなく、こちらから求めないといけないようです。山登りの感覚であると説明していました。意思で心の状態を選びとる自由があります。自ら、希望を持ち、働きかけることが大切です。

 今日一日をどのようにしたら、楽しく、微笑んで、心が輝く瞬間を持てるか、できることは、たくさんあります。料理でいえば、自分の手作り食べる方が、お美味しいものをつくり、食べらる可能性があります。不幸は、心の持ちようで、悲しみ、同情、あわれみに波長を合すことのようです。明るい情念を周囲に投影すると、それが伝搬して、まわりの雰囲気を変えることができます。それとも、負の感情にふりまわれて生きていくか、心構えに依存します。雨の日が去って、晴れの日になっても、雨の日がわすれられないこともあります。情念に流されないで、幸せの気分に止まるには、相撲のような強い足腰が心にも必要です。

「幸せだからわらうのではない、笑うから幸せなのだ。」
「希望すること、それは幸福であるということなのだ。」

1章・人は誰でも幸福になれる、
2章・人生の主役になれ、
3章・ダンスのように人とつきあう
4章・幸福になることは義務である


人生は「幸せ計画」でうまくいく

 大阪の紀伊国屋書店で、洋書が安かったので、Gretchen Rubinの「The Happiness Project」という本を買いました。日本語版もあるそうです。

 Gretchen Rubinは、もっと幸せになるために、毎月1つのテーマに光を当てて、毎日の自分に小さな変化を起こすプロジェクトを推進しています。彼女は、考え、行動し、失敗し、悩み、あるいはうまくいって喜んでいます。

  仕事が中心の社会人の生活は、真面目に考えれば考えるほど、つらいものです。いつの間にか、ある種の責任を負うようになると、自分の主体性を失いがちになります。我々が生きている社会では、いろんな魂と個性がぶつかりあいます。言葉がトゲとげしたり、心がひりひりと痛んでいます。その複雑な人間関係のなかで、他人との比較・評価され、協力、競争、争い、和解をして生いきていく術を身につけてきました。比較的余裕と良識がある環境では、精神的なゆとりがあります。世のなかには、元気にあふれて成果できる職場があります。「やります、できます、まかせてください、ありがとう、お願いします」という言葉が自然にいきかっています。相手のことを気にかけながら、お互いに納得できる妥協点を見出して、もちつもたれるで支えあう人間関係を生きています。

 身の周りには、いろんなことが起きています。なかには、一人より抜きでたい(outperform)ひとがいると、「やります、できます、まかせてください」というやる気はすばらしいですが、競争が生まれます。また、理不尽で納得できないことが起きると、私たちには、人間的に未熟な面があり、無意識のうちに、至らない、残念なことをしています。あの人のやり方には、納得できない、他の人のことを考えていない。いろんな不平、不満を感じ、感情を抑えたり、感情に流されたりして、生きています。相手に対して好ましい感情をもっている人に、失礼なことはしませんが、関わりを持たないように、なるべく距離を取ります。

 いつの間にか、機嫌よく物事をして人生を楽しむことを忘れています。相手を裁いて、自分が不利益を被らないように、注意しています。日々の生活は、ちいさなことからなりたっています。その小さなことを、楽しくやることを思い出すと、心が少しは軽やかになります。身のまわりにおきる理不尽なことは、そのまま、置いておいて、日々の小さなことに光を当てて、気づかい、優しさを持ってやってみると、小さな変化が生まれてきます。約140年まえにフランスに生まれた聖のテレーズのような生き方が参考になります。

 Gretchen Rubinが、「人生は「幸せ計画」でうまくいく!(The Happiness Project)」(http://happiness-project.com/)で、リジューのテレーズのことが書いていました。自分のもっているものを出し惜しみせずに、小さなことに愛をもってやると、魔法の効果が得られるそうです。

 人生を送っていると、いろんな疑問が湧いてきます。全部を変えなくて、小さな部分を変えることはできるはず。そして、もっと楽しくすごせるはずです。 いつもの生活から出てあたらしい視点で眺めると、新鮮な感覚をとりもどすことができます。「これってアリ?」という問いに対して、ワクワクする気持ちを持ちたいものです。

問 出し惜しみせずに、小さなことに愛をもってやる?

 リジューのテレーズ(1873年1月2日-1897年9月30日)は、24歳の若さで夭折したフランスのカソリック修道女です。フランスのノルマンディー地方の町アランソンに生まれました。彼女は父ルイ・マルタン(Louis Martin 1823-1894年)と母ゼリー・マルタン(Zélie Martin 1831-1877年)の末娘でした。両親には9人の子がいましたが、そのうち4人は4人が夭折し、4人の姉たち(マリー、ポリーヌ、レオニー、セリーヌ)に愛される子供でした。母、二女がなくなり、二人の姉マリーとレオニーも修道院に入ったことで、そのあとをおって、修道院にはいります。手にした十字架を見つめ、「わが神よ、わたしはあなたを愛します」という単純なことばを唱えながら亡くなりました。「ちいさな花」と呼ばれています。自叙伝が出版され、小さなフランスの修道院で、絶やさない笑顔で優しさに溢れた小さな行為がヨーロッパ中に知れ渡り、ローマ法王から聖女とされます。毎日、誰も、経験している平凡な出来事を(いやなことでも)、愛をこめて実践することで、彼女の言葉が光輝いています。

 一瞬でも、愛を忘れないように、心がけています。子供ながらに、修道院での不安で、気が進まない務めでも、あえて、逃げないでやって成長していきます。「病人の年老いたシスターの世話なども、小さな体で相手を支えることがうまくできなかったり、いろいろなミスを乗り越えて、相手の信頼を得るまでになります。愛するとは すべてを与え、自分自身をも与えることです」。


<Gretchen Rubin>
人生は「幸せ計画」でうまくいく!
1月 エネルギッシュになる
2月 愛情を思い出す
3月 高みをめざす
4月 場を和ませる
5月 まじめにあそぶ
6月 友人との時間をつくる
7月 お金で幸せを手に入れる
8月 天国について考える
9月 好きなことに夢中になる
10月 一瞬一瞬を心に留める
11月 満足する心を持つ
12月 プロジェクトの総仕上げ

 


「理不尽に勝つ」

「理不尽に勝つ」 平尾誠二著 PHP

 平尾誠二といえば、伏見工業高校3年時、全国大会優勝を果たし、同志社大学在学中は史上初の大学選手権3連覇に貢献しました。さらには神戸製鋼で7年連続、チームを日本一に導きました。

 基本的に、合理的練習法で、理不尽さを減らしてことは、大切です。物事を理詰めで考えて、合理的に生きれれば、生きやすい面があります。しかし、若い選手は逆に合理的なことをやってきているが、メンタル的なタフさという意味では弱いようです。 世の中は理不尽なもので、「人は理不尽を経験することによって鍛えられ、成長する。」

 スポーツの世界では、厳しい上下関係、体育会系の文化があります。それを経験すると、心に抵抗力が ついてきます。世のなかで、道理のあることが起きてほしいと思っていますが、相手の道理が理解できずに、想定外のことも起きます。日本の体育会系のやりかたでは、古いしきたりが若い才能、個性を伸ばすのを邪魔し、世界に通用しないようにも思えます。

 理不尽な出来事に遭遇すると、調子、リズムをくずしてしまいます。感情をうまくコントロールすると、理不尽なことに対する感情を手離すことができます。自分の不利な状況でも、力を発揮することで、スポーツでは勝利をおさめることができます。


アメフトの名コーチ

 ビルゲーツ、バフェットのネブラスカ大学リンカーン校大学で、学生にビジネスエッセンスに語っていました。熊本県知事蒲島郁夫氏、投資家、「オマハの賢人」として知られる世界有数の富豪ウォーレン・バフェットも縁があるネブラスカ大学リンカーン校は、カレッジフットボールでは名門校として知られており、これまで1970年・1971年・1994年・1995年・1997年の5度にわたり全米チャンピオンとなっています。

 カレッジフットボールは80年代後半からランよりもパス中心のゲーム展開が中心になりました。80年代に入ってもランばかりの攻撃をしているネブラスカ大のオズボーン・コーチは時代遅れのオフェンスをさんざんたたかれました。その後はオプションプレーなどを多用するパス攻撃を攻撃の中心にかえました。

 ネブラスカ大学のフットボールチーム、ハスカーズは英語で "Huskers" と書き、意味は「トウモロコシの皮むきをする人」です。名将と呼ばれたヘッドコーチのトム・オズボーンは、 25年のコーンハスカーズのヘッドコーチを務めました。オズボーンのチームは、その強力な突進攻撃と強いディフェンス(守備でも先発し、特定の選択された特別なチームプレーヤーで実際に着用されている黒のジャージにBlackshirts-言及として知られている)で知られていた。25シーズンで平均10勝です。三つ全米チャンピオを獲得し、勝率​​84パーセントのキャリアレードをもっています。政治の世界でも人気者で、ネブラスカ州3区で下院議員を3期つとめました。オズボーンは、カレッジフットボールの殿堂入りしています。

 「ゲームへの信念」で、人格(徳性)、信念、誠実性、忠誠心、目標設定、自己犠牲、団結、チームワーク、頑張る、持ちこたえること、継続することが大切であると、言っています。


 怪我で選手生命が絶たれて、フットボールのコーチをサポートするバイトを始めて、同時に大学院で博士をとり、教員とコーチ補助の2重生活でした。コーチになるか、研究者として、二つの道の内で、どちらかに専念しないといけないときに、次の詩が心に残っているそうです。好きな道は、「歩む者のない道」でも、希望があったのだと思います。コーチという仕事は、生活で苦難にあったり、無視されている若者の心の隙間を満たすことができるそうです。


「歩む者のない道」

黄色い森の中で道が二つに分かれていた
残念だが両方の道を進むわけにはいかない
一人で旅する私は、長い間そこにたたずみ
一方の道の先を見透かそうとした
その先は折れ、草むらの中に消えている

それから、もう一方の道を歩み始めた
一見同じようだがこちらの方がよさそうだ
なぜならこちらは草ぼうぼうで
誰かが通るのを待っていたから

自分へのプレゼント

 この4月より、新社会人として、県外で独り暮らしを始めた知り合いの人へのプレゼントして、P社のiPodコンパクトステレオシステムを買っていました。連休中に会う機会を逸して、手渡しできませんでした。次に会うのは、いつかわからないので、自分用に使うことにしました。これまで、ほしいものを買うことは少なかったので、自分で使うのも悪くないと思いました。手頃な価格ですが、使って見ると、それなりに高品位の音が聞こえます。

 音楽にとって大切なのは、誰にも気兼ねなくある程度の音量で音楽をきく部屋があるか、どうかとうのも、ひとつの鍵です。音は、アパートで大きくすると、公害の原因になりますので、これまでは、スピーカは小さいのを使っていました。今回、オーディオスピーカーのサイズが大きくなった分、音質がよくなったように聞こえます。。音響心理学の観点から、人間は音をどのように受容し、認知しているのか。音と人間の耳の関係について探求されているはずですが、音質の特性である「周波数特性」「歪率」「過渡特性」「指向特性」については、はっきり知覚できません。スピーカといえば、MIT教授であったボーズが開発したスピーカーは、それなりに、いい感じの音が聴けます。いつも、買いたいとおもって商品の前で思案して、高価で手がでません。

 音声は、画像に比べて情報量が少なく、音声がデジタル化されてました。オーディオ技術も、普通の技術になってしまいました。それで、アナログ時代のオーディオで有名な専用会社の勢いは、なくなりました。デジタル化されるどんな技術も、誰でも開発に参加できるコモディティ化します。

 MP3の規格の普及で、CD文化からフラッシュメモリのiPod / iPhoneの文化に移行しつつあります。昔、P社でCD用の信号処理チップを作ったころの技術とあまり進んでいるとは、思いませんが、生活のシーンを含めて商品を売る時代になってきています。SB(Steve Jobs)は、ポケットの数百曲を簡単に入れて、聴ける時代をつくったそうです。

 気がつけば、日本が得意としてきた音声技術分野で、外国の企業に簡単に勝てなくなっています。iPhoneなどのスマートホーンが世の中を席捲しているのを見ると、日本の企業が、若者が日々の生活でどのように音楽を楽しんでいるか、提案できなっかた感じがします。マーケットから離れた技術は、水を失った植物のように、枯れていきます。

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バトンタッチ

 名経営者とよばれていた人の本は、感謝する心と謙虚な心があり、そのまま、現在には、あてはまりませんが、成功に至る道を示してくれます。それをよんでみると、正しい道から外れてしまうのは、周囲に敬意を払わない自信過剰であるように思います。人が組織おいて、いろんな権限をもってしまうと、その人間性の度量に応じて、いろんな効用が生まれます。試金石にもなります。

 成功は、ちいさなことの積み重ねといいます。世代ごとに、継承していくと、ものごとは拡張していきます。継承ということは、親から子、大切なことを、バトンタッチしていくことです。栄えて永続していくには、現状を肯定していき、上昇させていくことです。前任者から引き継いだことを発展させていく、出発点が次第に高くなっていきます。企業において、永続性、連続性が大切です。創業者の考え方をベースに後継者が新しい価値を付加していくと、発展していきます。前任者がこのように考えた、それを肯定し、感謝しつつ、それを前提に、新たによきものを追加していけば、強いものが生まれてきます。

 前任者から宝物を譲り受けたのに、勘違いして、ゴミ箱に平気ですててしまう人がいます。家宝をすててしまうのは、大いなる喪失です。これまであった良きものも、いつのまにか、隅に追いやれてしまいます。特に、組織は、トップがかわるごとに、大きな変化を変えていきます。自分のカラーを出して、周囲をあっといわせてやろうなどど、色気をだすと、迷走しだします。いままで、機能していたものを変えてしまうと、新しい安定した秩序を作り上げるまで時間がかかります。時間をかけてかようとしても、中途半端まま、終わってしまいます。組織のトップがほかの人に謙虚に耳をかけず、自分は偉いと、尊大になり、なんでも、自分の思う通りに動かして、仕事のフローがそこで止まってしまいます。守るべき企業文化を、先人いったことを、理念,使命のように、守るべきこととして、ルール化して、文章化すると、連続性、発展が確保しやすくなります。

 新しい組織は、伝統がないので、なかなか、すばらしい組織まで、進化しません。ある組織にて、トップが2年おきにかわることを経験して、組織の脆さを知りました。ある程度、よくなったと思ったら、リセットされてしまいます。人材に恵まれずに、現場が分からずに、2年ごとに新しい変化を持ち込まれるので、全体が落ち着かなくなります。改革がすでに機能していることを変えてしまう可能性があります。個人のプライドが高い人が、トップになると、何でも、思う通りにしないと、いけないと、考えます。

 凡庸そうに見せかけて、うまく全体を統帥できる人もいて、奥ゆかしい人であると、あとで慕われる人もいますが、中には、10年間で、ずっと守ってきたもの(財産)を、一人のひとが強引に変えてしまって、台無しにしてしまうこともありました。財産がなくなり、負の遺産を残してしまいました。それまでいた人の意見に傾聴することなく、意気は高く、変えてはいけないことまでも、勇み足で変えてしまいます。トップが元気よくて、その下で働く人がつらいものになってしまいます。中途半端なレベルの低い目標を導入して、みんなの時間、労力を奪ってしまいます。余計なことをせずに、全体を見て、高所から判断して、これまでやっていたことを、忍耐強く、見守った人のときは、スムースにものごとが流れていきました。

 人生には、マイナスという時間はつきものですが、刻々とかわる環境に適応していくと、マイナスをプラスに変えることができます。成功は、ちいさなことの積み重ねといいます。逆境を生きることで、日頃の小さなことに新しい真実が多く隠されていることがわかります。




 

新しい未来の日本

 フランスでは、新しい風が吹いて、新しい大統領が生まれましたが、EUの新たな火種となるか、予断をゆるしません。

 写真は、里芋は葉っぱです。里芋の葉っぱは、防水性に優れて、雨の滴を弾いてしまいます。水滴というのは、社会に存在する不安、不満だと思います。我々の心が若々しさを持っている限り、里芋の葉っぱのように、不安、不満の水滴を弾けると思います。時代が若々しい発想を取り戻りして、明るい日本の像を描けるようにしたいものです。

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 若者が将来に希望をもてないと、社会は、明るくなりません。若者は、人生に期待をもっていきているのに、老人がテレビに出て、声高に不安を煽っています。すると、世の中、老人の考え方が支配的なように見えてしまいます。年齢よりも、心の状態の特性で、未来の夢を描けない大人は、老人としましょう。テレビで、津波、原発事故の映像シーンを反復みると、楽天的な展望は持てずに、電力不足、円高不況、消費税の増税な度の問題に、自分の将来が飲み込まれてしまいそうです。テレビの映像に洗脳されると、国民が明るい未来の展望をいだけなくなっています。
 
 いま、日本には、いろんな行き詰まった考え方が蔓延しているから、社会が行き詰まっています。行き詰まった考えから少し離れると、新しい解決法が見えてくる可能性があります。世界中に、日本の若者の活躍の場があります。

 「原発も再稼働させて、脱原発にしないと、時間をかけて、経済界も競争力を失ってしまいます。問題のある原発と、どのように付き合うかについて、いろんなスタンスがありますし、結論がでないままに、行政は打つ手を打たずに迷走していきます。

 将来に向けて、経済、財政改革のビジョンを提案し、期待される変革を実践する人が出てきません。世のなか、自分の上位構造の社会に精神的に依存し、社会が安全、生活、仕事の支援・保障をしてくれないから、被害者意識をもつ人が増えて、自分は何となく損をして印象を持っています。社会のばらまき福祉に支えられていきる人が増えると、消費税の増税しても、財源は不足して、しまいには、社会を支える人が少なくなっていきます。優しく、手厚い保護政策は、日本を駄目にします。年金制度は、損切りとして、年金を減額にしないと、現状のまま、維持するこできません。」

 日本は、どのようにしたら、生成発展していくか、正しい道を提示してくれる人はいません。素直なこころで社会をみると、新しい切り口があります。自分の歩んでいる道の先が行き止まりでありという見方をしていると、迷路に迷い込んで、なかなかでられません。行きづ待ったものの見方、考え方をしている人の仲間に加わっていけません。

 新しい突破口を若者が探しあてることができます。時代の要請にマッチしている人は、チャンスの多い時代です。社会は変えられないですが、自分自身は、変えられますので、世の中が求める幸福度を上げるサービスを提供する人になることが大切です。

 「宇宙に存在するすべてのものは、つねに生成し、たえず発展する。万物は日に新たであり、生成発展は自然の理法である」 生成発展で、世代交代が進んでいきます。古い世代が日本の「支配者ポスト」と「既得権益」を手離すときに、日本が新しく変わり始めるきっかけになってほしいものです。社会問題のひずみを生み出した世代は、パワーフルですが、人間の世界では、世代交代で、新しい人が古い価値観を駆逐することで、新しい健全な社会が生まれます。




 

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