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最後の数10キロの配送(地震)

 最後の数10キロの配送は、物流の鍵です。

 情報網が分断されているので、災害時は、理想通りに機能しません。各地からの善意がなかなか被災者のところまで届かないことが多く発生しています。救援物資の配送拠点から被災者の避難所までの配送がボドルネックになって、物資が滞留する光景を見かけました。運送会社の人が入って、少しは、流れが良くなりました。おにぎりとか、パンとは、賞味期限があるので、被災地に送っても、受け取ってもらえないことがあると、必要以上になると、機会ロスのコストが発生します。


<熊本市 救援物資の配送見直し直接避難所へ>
4月24日 13時11分

熊本市は被災者が求める救援物資を少しでも早く避難所に届けるため、集積拠点から区役所などを経由している現在の配送方法を見直し、避難所に直接届ける方法に近く切り替える方針です。
熊本市では、全国から届いた水や食料などの救援物資を東区にある集積拠点の「熊本県民総合運動公園」に集め、いったん区役所などに配送したうえで避難所に届けています。しかし物資が滞留するなどしていることから、熊本市は集積拠点から避難所に直接届ける配送方法に近く切り替える方針を決めました。熊本市は自衛隊や運送会社の協力を得て、数日中にも新たな配送方法を始めたいとしています。
一方、今月21日から中断している救援物資の受け入れについて、熊本市は「必要な物資は十分足りている」として、再開するかどうかは今後の状況に応じて判断したいとしています。熊本市市民生活部の井上学部長は「全国からいただいた物資は本当にありがたく、心から感謝しています。皆様の善意を拒むということではなく、復旧・復興を少しでも早く進めるための対応であることをご理解願いたい」と話しています。

生き延びる人の秘密

 危機を乗り切る方法は人によって異なります。不安があると人は、動けないことがあります。ストレス耐性に関連した遺伝子があり、その遺伝子の組み合わせて、忍耐が強く、ストレスに強いタイプ、弱いタイプに分かれるそうです。考え、心持ちによって、立ち直りがはやい人、遅い人がいます。積極的に行動し、不運を幸運にかえることもできます。いろんな強みによって、危機を乗り切るアプローチが分かれます。

(1) 闘う人は、逆境に強い意志と決意をもって真正面からぶつかっていく。信念と勇気があり、困難に出会っても、それを克服しようとする。

(2) 信じる人は、自分の神に対する信仰によって、力と勇気を与えており、神に守られて、状況が改善していくという確信を持っています。

(3) つなぐ人は、ほかの人たちの人間関係から力をもらい、お互いに助け合いながら、大きな障害に向かっていく。家族、友人、困っている人があれば、支援したり、助けを求めたりする。

(4) 考える人は、頭脳を使って冷静に問題を理解し、その解決法を導き、実行までうつす。

(5) 現実的な人は、状況をありのままに受けとり、それに応じた行動ができる。

新しい視点

 新しい視点から一週間を振り返ると、素晴らしいことに気がつきます。それまで出会ったことのない人とつながりが生まれました。人間の心の底には、優しさと思いやりがあり、それをうまく活用して、他人の喜ぶような言葉や行いを、自分の人生の楽しみとすることができます。人と人とは、共感しあうことで、お互いに勇気づけ励ますことができます。この世の中、いいことも沢山あります。ものの見方、考え方がその人の見ている風景を変えてしまいます。想像力の豊かな人は、目のまえに美しい世界を存在させることができます。

 個人の価値観はその人生の礎になっていますが、それが柔軟性をうしなうと、非常時には役に立たないこともあります。すべきであるという固定観念でみると、選択の幅が狭くなり、身動きが取れなくなります。発想が貧弱な人は、楽しいことを思い描くことはできません。困ったことが自分に起きたときに、負の連鎖が生じます。悪い方向にどんどん考え方が進んで行きます。魔法にかかったように、被害妄想になると、すべてうまくいかなくなり、困窮してしまいます。思考の場合には、一度ループに入ってしまうとそこから抜け出ることができません。感情や考えがあるものに拘束されると、自由な思考ができなくなります。

 思考がフリーズしてしまうと、新しい見方ができません。気づいてほしいのは、それ以外の考え方もありうるということです。別の視点から見ることが役立ちます。

 どんな状況においても、困らないというresilientな生き方があります。ありのままの現実を受け入れて、その中でできることを探していきています。素直に物事を見ると、いろんなことに気づきます。すべてをリセットしてゼロから考えてみると、それまで見えなかったことが、見えてくることがあります。今、考えていることを手放すと、それに囚われることはありません。

 この世の中が素晴らしい善意でなりたっていると考えてみよう。困ったときにいろんな支援が得られると思えると、楽天的に見ることができます。人と人とが支えあっていきている社会は、必要なものは、必ず与えらます。豊かなものの見方、考え方を育むことで、豊かな社会が生まれます。

福澤諭吉:肝が座った人

 有事、災害のときに、情報は貴重であります。現代はあふれる情報で知らない間に気が抜かれていて、心をつねに監視し強くしていかないといけない、メディアや人の口を通して、耳に飛び込んでくる情報は、自分が意図することとまるで違った方向へに導いていきます。

 福澤諭吉は肝が座った人で、落ち着いていてめったなことには驚かない度胸があります。戊申戦争で、世間の情勢を見極めながら、塾を休みませんでした。普段と変わらずほとんど動揺しません。ビジョンがあれば、どっしりと、何が来ようが大丈夫の気概があります。

「明治元年の五月、上野で大戦争が始まって、その前後は江戸市中の芝居も寄席も見世物も料理茶屋も皆休んでしまって、八百八町は真の闇、何が何やらわからないほどの混乱なれども、私はその戦争の日も塾の課業を罷めない。上野ではどんどん鉄砲を打っている、けれども上野と新銭座とは二里も離れていて、鉄砲玉の飛んでくる気遣はないというので、丁度あのとき私は英書で経済の講義をしていました。」

「世の中にいかなる騒動があっても変乱があってもいまだかつて洋学の命脈を絶やしたことはないぞよ,慶応義塾は一日も休業したことはない,この塾のあらん限り大日本は文明国である,世間に頓着するな。」

通常通りの生活

 いろんなことが一週間あったので、通常通りの生活に戻りつつあることを感じています。試練に出会うと、互助の精神が復活してきます。一人で誰にも頼らないで生きることができるときに、少し傲慢になってしまいます。困ったときになって、人の有り難さを感じます。お互いに助け合って生きる。これが人間社会の良さです。

 豊かな社会に住んでいるので、物資が豊富であることを実感します。コンビニには、いつものように、商品が配達されています。慌てる人は、物が不足していると不満を感じるでしょう。少し時間を待つ余裕があれば、必要なものがベストタイミングで手に入る感じがします。欲張らずに、必要なものだけにして、多くの人に行きわたるようにしたいと思います。・・・・大きな存在がいて、それにつながることで、困らないように配慮されるという安心感が得られます。・・・・

余震

 「14日夜のM6・5の地震と、16日未明のM7・3の地震は日奈久ひなぐ断層帯と布田川ふたがわ断層帯という異なる活断層で起きた。二つの活断層で地震活動が活発化しているため、数が多い」

 2日連続、床のオフィスで寝ているとき、大きな揺れを感じました。阪神・淡路大震災も経験しましたが、2回目の地震は、震源地に非常に近かったので、強い衝撃を感じました。

 本棚が2本折れて、本もあたりに散乱しています。停電で、暗闇で、眼鏡を探す間もなく、すぐ3階立ての建物からでました。何も見えない状態で、はだしででました。コンクリート、ガラスの破損、建物の壁の亀裂、物の散乱、いたるところに、地震の影響ができています。マグニチュード(M)3・5以上の地震の回数は、14日夜から17日午後1時半までで計165回となった。強く感じられる余震が多く、そのたびに亀裂、破損が大きくなっていきます。

 自分の職場の一部が全国から救援物資の置き場になったので、その受け入れ、対応にも追われました。救援物資を直接避難所に届けられることが理想ですが、いろんな拠点を決めて、そこから送られるそうです。

 いろんな試練に出会ったときに、舞い上がらずに、落ち着いてやるべきことを一つ一つ片づけて、助け合う姿勢が生まれてきます。ライフラインに不安があると、なかなか落ち着けません。



熊本地震

 夜中に知り合いと自分のことをゆっくり振り返ろうとしているときに、地震で大きな揺れを感じました。個人的には、だいじょぶです。熊本地震で、被害にあわれた方々については、大変な一日を過ごされたと思います。昨夜以来、余震が続いています。余震があまり多いので、ゆっくり眠れるか、すこし落ち着きません。部屋は、本棚が倒れてきたくらいです。姪は起きた直後に、寝ていたところに本棚が倒れてきたそうです。

 昨日、身内の葬式があって、様々な思いが、湧いてくると来つつありますが、悲しむ間もなく、地震で安全な場所に身を置きました。召集がかかり、徹夜で夜を過ごすことになりました。落ち着いて寝るまもなく、今日の夕方を迎えました。週末に日常生活にもどると、心の片隅においていた感情が頭をもたげてきそうです。

 この後に、本震がやってきて、阿蘇地方が甚大な被害を受けました。家が倒壊して、車で過ごす人も多いようです。

「人の一生って何なんだろう」

今日、誕生して、祝福される人もいます。

それでも、いつか、「人の一生って何なんだろう」と思うときがやってきます。
その崇高さを表現する言葉が見つからなくて、黙っているだけです。

もし、身近な人が最後まで精一杯生きている姿を見ていると、傍らで何もして
あげることができないことにもどかしさを感じることをあるでしょう。

もう少しいろんなことをしてあげればよかったと思います。
気を抜いた時にその日がやってきます。


心の緩み

小さい頃から親に厳しく躾られていると、規律を守ることができるようになります。身近に、厳しい人がいます。彼は、怒りっぽい、相手を威圧する、ルールを重んじて、正義感が強い面があります。例外を許さずに、厳しくしていると、その人の下にいる人は、大切なルーチンワークを欠かさず、自分を見失うことはありません。常にチームとして行動することを心がけているので、規律を守るようになります。厳しいことも、人を育てる上では、役立ちますし、勘違いする人はいません。普段からの自分であることで、必要以上に舞い上がることはありません。

 規律が緩くなると、謙虚さをうしなってきます。トップのスポーツ選手になると、マスコミを通して、スターのような扱いになります。いつの間にか、自分のイメージが自分を越えて一人歩きし始めます。突出した才能を持っている人は、自分のイメージが大きくなってしまいます。だだ、人生において才能に恵まれ過ぎると、いろんな人が集まって、特別な処遇を受けます。素晴らしい能力を持っている場合には、それ以外の部分では、自分も他人も同じように大切であることを忘れて、謙虚さを失います。落ち着いて、自分自身であることの心地よさを忘れないようにしよう。心の緩みがあると、落とし穴に入ってしまいます。

弱さの幸せがある


 「落胆することも人生の糧。大切なのは、悔やまず前に進むこと。痛みのない人生は価値のないのです。」
クレイス・ケリー

 今日は、桜が少し残り、晴れやかな新しい一日の始まりに花を添えました。電話先の一言がそれまでのめでたい気持ちを吹き飛ばしました。身内に病気の人がいて、思うようによくないときに、覚悟を迫られます。楽しい話ではありませんが、どこにでも、ある当たり前の話です、それが他人ごとでなく、自分事であったということです。

 曽野綾子さんが書かれていました。 
 「強いという状態は、仮初のものなんですね。たとえいま、ほんとうに強くとも、病気をしたり、年をとったり、愛する者を失ったりすれば、あっという間に弱くなります。永遠に自分のものであるものなどないのです。自らの弱さを誇ることもがくうちにやがて、心から「弱さの幸せがある」と実感するときがくるでしょう」

 なぜなら、人生には、かけがえない神、創造主の愛、優しさがつらぬかれています。私は弱さに気づき、人生の根本に流れる愛を知るときに、強く生きることができます。へとへとにつかれたときに、いろんなことに気がつきます。弱い人の気持ちを理解できます。弱さにも耐えることができます。この世の中に手に負えないことがあって、その前では、無力であり、無条件に降伏しないといけません。人生において、何時かは対面しないといけない、避けられない、自然の摂理です。それは、どうしても、避けることができないので、運命と呼べます。我々の力では、どうすることもできないことがあります。

 私たちは人間の生命力は強いもので、いろんな問題に圧倒されながら、ずっと持ちこたえてきます。個人の能力の限界まで究めていくと、いろんなことが可能になります。物事がうまくいくときには、強さを時間できます。しかし、いつかは、手に負えないことに出会い、弱さに気づきます。

 状況に歯が立たないことに、呆然として立ち尽くすことになります。やれるべきことをすべてやったとは、言いがたいですが、それ以上をやることもできないこともあります。私たちは、それでも、見捨てられた存在ではありません。むしろ、優しさで包まれた存在ですが、辛い現実を受け入れることが必要になります。人間は、強がりを言ったり、意地を張る必要もありません。人生において求めれることをやるのが一番です。

 弱さを知り尽くしています。それは、自分を過信することもなく、虚勢を張らずに、ありのままを受け入れて生きることも意味します。自分の弱さ、人間の弱さを真に自覚した時に、いろんな面で、助けられて、導かれていることはわかります。これまでのちょっとしたことに、感謝できます。それも、少しではありません。むしろ、数え切れません。